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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)157号 判決

東京都中央区銀座八丁目五番地

原告

安永理研株式会社

右代表者代表取締役

安永義一

右訴訟代理人弁護士

日上弘三

田島孝

畠山保雄

東京都中央区新富町三丁目三番地

被告

京橋税務署長

複地健之助

右指定代理人

大道友彦

光広龍夫

石塚重夫

掛礼清一郎

中川謙一

右当事者間の法人税等課税処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

被告が理研工機株式会社に対し昭和四一年六月二九日付でした同社の昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年七月三一日までの事業年度の法人税更正処分は、所得金額一七六万五、四七七円をこえる限度において、過少申告加算税賦課決定は、右所得金額を基礎として算定した税額をこえる限度において、源泉所得税納税告知処分および不納付加算税賦課決定は、その全部を各取り消す。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

「被告が理研工機株式会社に対し昭和四一年六月二九日付でした原告の昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年七月三一日までの事業年度の法人税更正処分のうち所得金額一三五万八、六七一円、税額三七万五〇〇円をこえる部分、過少申告過算税賦課決定および源泉所得税納税告知処分、不納付加算税賦課決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二原告主張の請求原因

原告会社は、昭和四〇年八月一日理研工機株式会社を吸収合併し、従前の商号安永産業株式会社を現在の安永理研株式会社に変更したものであるが、右理研工機が昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年七月三一日までの事業年度の法人税につき課税所得金額一三五万八、六七一円、税額三七万五〇〇円と確定申告したところ、被告は、同社が昭和四〇年六月五日右合併にともない退社した取締役川島重雄に対し現物支給の退職金として、別紙目録記載の建物および電話加入権とともに、同人か借権を有していた同目録記載の土地(以下本件土地という。)を一五六万六、〇〇〇円(三、三平方メートル当り九万円の三割にあたる底地価額)で贈与したのが、売買であり、しかも、川島には本件土地の賃借権はなく、したがつて、右譲渡代金が時価に比らべて著しく低廉であると認め、その価額を六九六万円(三、三平方メートル当り一二万円)と評価して右譲渡代金との差額五三九万四、〇〇〇円を川島に対する賞与であると認定し、これを同社の所得金額に加算し、計上もれの立替金八万一、二四八円(油圧器機分)および価額変動準備金繰入額三二万五、五五八円をこれに加算して、昭和四一年六月二九日付で理研工機に対し、右課税所得金額を七一五万九、四七七円、税額を二四四万三、一一〇円と更正する旨の処分および過少申告加算税一〇万三、六〇〇円の賦課決定と、あわせて、川島に対する認定賞与についての源泉所得税二一一万四、五四〇円の納税告知処分および不納付加算税二一万一、四〇〇円の賦課決定をした。

しかし、右各課税処分は次の事由によつて、いずれも、違法である。すなわち、理研工機が川島に本件土地を譲渡したのは、売買の形式をとつているとはいえ、真実は前叙のごとく退職金としてなされた現物支給の贈与であるから、被告がこれを売買として否認したことは、その実質を見誤つた事実誤認の措置というべきである。また、右理研工機の前身である石炭資材株式会社は、昭和二三年三月三〇日設立され、(昭和三六年四月一日商号を変更し)たものであるが、同社においては、当時の住宅不足のもとで社員の福利厚生とあわせて志気の昂揚を図るため、土地を入手した社員に対しては会社が社宅として住宅を建ててやり、円満退社のときはそれを現物支給の退職金として支給する方針をたて、その旨を社員に徹底しており、川島も、会社の右方針に則すべく、昭和二五年八月ころ田島直吉から権利金三万円を支払つて本件土地を賃借し、これを会社に転貸して、会社がその上に同年一二月ころ前記建物(但し、当時は一五坪七合五勺-五二、〇六平方メートル)を建築し、川島名義に保存登記を経由した。川島は、昭和三七年二月ころにいたりこれに七坪五合八勺(二五、〇五平方メートル)の増築をした。ところが、その後会社は、田島の要請により昭和二六年四月三日本件土地を同人から代金七万六、三〇〇円で譲り受けてその所有者となつたが、これによつて川島の賃借権が消滅するいわれはなく、会社は、田島の賃貸人たる地位を承継し、川島に対しては同人の賃借権の付着した本件土地のいわゆる底地所有権を増与したにすぎないものというべきである。もつとも、会社は、川島に対して地代の支払いはしていないが、これは、右地代が川島の会社に対して支払うべき家賃と相殺されたことによるものであつて、単に地代の支払いがないからといつて、賃借権そのものの存在を否定しえないことはいうまでもない。

仮りに本件土地全部につき川島が賃借権を有していなかつたとしても、前記建物増築部分の敷地については、川島は賃借権を有しており、その比率は、建坪に応じて一五、七五分の七、五八とみるべきであるから、被告主張の認定賞与は、本件土地の当時における価額からこれに右比率を乗じて得た金額の七割に相当する金額を控除した残額と本件土地の贈与価額との差額にすぎないものというべきである。

また、本件土地(但し、私道八坪九合六勺-二九、六一平方メートルを含む。)の贈与価額一五六万六、〇〇〇円は、路線価評価方式に従い、更地価額三、三平方メートル当り九万円、賃借権割合いを七割とみて底地価額九万円の三割にあたる二万七、〇〇〇円と評価して算定されたものであるが、川島は、理研工機の前身である前記石炭資材株式会社の設立以来一七年四か月の長きにわたつて同社に勤務してきたものであるから、一般に公社公団等で採用されている退職金算定方式に従つてその退職金を算定してみると、報酬月額八万一、六〇〇円に在職月数二〇八を乗じた金額の六八パーセントにあたる一、一〇三万二三二〇円となる。したがつて、仮りに、本件土地の価額が被告主張のとおり三、三平方メートル当り一二万円であるとしても、過当な退職金として否認されるいわれはない。被告は、法人税法三六条の規定を根拠として、役員退職金は当該事業年度において損金経理しなければ損金にならないと主張するが、本件のような現物支給の退職金の場合には、同条の適用はないものというべきである。

第三被告の請求原因に対する答弁

原告主張の請求原因事実中、理研工機か川島に本件土地建物等を譲渡したことが現物支給の退職金としての贈与であること、川島が本件土地について賃借権を有していたこと、右譲渡時における本件土地の価額が原告主張のとおりであつたことは、いずれも、否認、理研工機が設立当初より原告主張のごとき方針をたてていたこと、原告がその主張のころ右建物に増築をしたことは不知、その余の主張事実は、すべて、認める。

理研工機が川島に対し退職金として支給したのは、現金六八万八、〇〇〇円だけであつて、本件土地は、その上に建在する建物および電話加入権とともに、同人に売却されたのである。したがつてまた、本件更正処分にあたつて被告が否認したのは、川島に支給された退職金の額そのものではなく、本件土地の時価の二二、四パーセントにすぎない譲渡代金である。また、川島は、田島に対して権利金三万円を支払つてはいるが、その後会社が田島から本件土地を買い受けるにあたり、代金は、私道部分を除いた更地価額三、三平方メートル当り一、一〇〇円、総額七万三、六五六円に登記料等二、六四四円を加算して七万六、三〇〇円と定められたが、実際に支払われた代金は、さきに川島が田島に支払つた権利金三万円と右登記料等二、六四四円を差し引いた残額四万三、六五六円にすぎないことからみても明らかなごとく、右権利金は、会社か川島を介して田島に支払つたものであり、したがつて、本件土地の賃借権は、当初より会社のものであつたというべく、仮りに原告主張のように、当初は、川島のものであつたとしても、会社が前叙のごとく本件土地の底地所有権を取得した際、会社は、川島に対して同人がさきに田島に支払つた権利金三万円を返還したのであるから、該賃借権は、混同かしからざれば買取りによつて消滅し、会社は、川島に対して本件土地を更地として譲渡したものというべきである。そこで、被告は、本件土地の昭和四〇年六月五日当時における時価は、私道部分も含めて三、三平方メートル当り一一万円であるが前叙のごとく、本件土地には右私道部分が除かれているので、これを三、三平方メートル当り一二万円と評価して前記各課税処分を行なつたのである。なお、川島に対する本件土地建物の譲渡について、理研工機は、確定決算上損金経理を行なわず、単なる譲渡として処理している以上、同社において確定決算とは異なる決議をしていたとしても、法人税法三六条の規定に照らし、本件土地の譲渡代金を退職金として損金の額に算入することは許されず、この点からみても、原告の請求は、理由ないものというべきである。

第四証拠関係

(原告)

甲第一ないし第一五号証を提出し、証人川島重雄の証言、原告代表者和田幸男尋問の結果並びに鑑定人小林秀嘉鑑定の結果を援用し、乙号各証の成立は認める。

(被告)

乙第一ないし第五号証、第六号証の一ないし三を提出し、甲第八ないし第一五号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める。

理由

原告主張のような経緯によつて本件各課税処分が行なわれたこと、理研工機株式会社は、石炭資材株式会社として昭和二三年三月三〇日設立され、(昭和三六年四月一日商号を変更し)たものであるが、昭和二五年一二月ころ本件土地の上に別紙目録記載の建物(当時は一五坪七合五勺-五二、〇六平方メートル)を建築して、これを川島重雄名義に保存登記をし、昭和二六年四月三日田島直吉の要請により同人から本件土地を買い入れ、昭和四〇年六月五日同社と原告会社(当時の商号は安永産業株式会社)との合併にともない退社する取締役川島重雄に対し、右建物、電話加入権とともに、本件土地を代金一五六万六、〇〇〇円(三、三平方メートル当り九万円の三割にあたる底地価額)で譲渡したことは、いずれも、被告の争わないところであり、また、成立に争いのない甲第三ないし第五号証、甲第七号証、乙第一号証、証人川島重雄の証言によつて真正に成立したものと認める甲第八ないし第一四号証、右証人の証言および原告会社代表和田幸男尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

すなわち、理研工機の前身である石炭資材株式会社は、石炭統制会資材課に勤務していた有志約二〇名により、課長であつた和田幸男をその代表取締役社長として発足したものであるが、同社においては、当時の住宅不足のもとで社員の福利厚生とあわせて志気の昂揚を図るため、土地を入手した社員に対しては会社が社宅として住宅を建築してやり、円満退社のときそれを現物支給の退職金として支給する方針をたて、その旨を社員に徹底していたこと、川島は、会社の右方針に則すべく、昭和二五年八月ころ田島直吉から権利金三万円を支払つて本件土地(但し、私道敷二九、六一平方メートルを含む。)を賃借したこと、会社が前叙のごとく本件土地に前記建物を建築した後、これを田島から買い入れるにあたり、その売買代金の単価は、時価三、三平方メートル当り一、一〇〇円とみて、それからさきに川島が田島に支払つた権利金三、三平方メートル当り五〇〇円を差し引いた六〇〇円と定められたこと、川島は、前記建物につき保存登記の費用を負担し、また、庭の垣根や簡単な門を付けたり、昭和三〇年ころ約一二万円を投じて内部の改良工事を、昭和三二年一〇月ころから昭和三三年八月ころまでの間に約四五万円を投じて六畳一間と廊下の増築、ブロツク塀の増築等を行なつたが、その間会社は、川島に対して本件土地の賃料を支払わず、川島も会社に対して右建物の使用料を支払つていないことを認めることことができ右認定の妨げとなる証拠はない。

しかして、以上認定の事実より判断すると、川島は、田島から本件土地の賃借権を取得したものというべく、会社が田島から本件土地を買い入れるまでの間、会社がその上に建物を建築してこれを使用していた権叙の法的性質如何は、前叙のごとき事実関係のもとにあつては、必らずしも明確にされていたものとはいい難いが、少なくとも、右建物の建築にあたり、会社が川島から該賃借権の譲渡を受けた事実のないことは明らかであり、また、会社が田島から本件土地を買い入れた後においても、会社がその買入れに際し売買代金算定上除外された権利金相当部分を川島に返還し又は川島において該賃借権を放棄したものと認めるに足る証拠がない以上、川島の有していた右賃借権は、会社が本件土地の所有者となつたことによつて消滅するいわれはなく、会社は、右売買により、川島の賃借権が付着した本件土地の底地所有権を取得したにすぎず、したがつて、会社が川島に本件土地を譲渡したのも、その底地所有権であるといわざるをえない。そして、本件土地のいわゆる賃借権割合いが七割であることは、被告の明らかに争わないところである。

されば、仮りに、被告主張のごとく、会社の川島に対する本件土地の譲渡が贈与ではなくして売買であり、また、その当時における本件土地の価額が三、三平方メートル当り一二万円であつたとしても、その譲渡代金一五六万六、〇〇〇円は、右時価に比べて著しく低廉であると認めることは、到底、許されないところである。それ故、本件各課税処分は、被告が右譲渡代金一五六万六、〇〇〇円を否認し、これと被告の認定に係る本件土地の価額九六万円との差額五三九万四、〇〇〇円が川島に対する賞与であると認めてこれを原告会社の確定申告に係る所得金額一三五万八、六七一円に加算した限度において、違法たるを免がれない。

よつて、原告の本件各課税処分の取消しを求める請求は、右の限度において理由があるのでこれを認容し、右の限度をこえる部分は失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 竹田)

目録

東京都豊島区要町三丁目一番一三

一、宅地 二二一、三五平方メートル(六六坪九合六勺)

同所同番地二

家屋番号同町三番二

一、木造瓦葺平屋建居宅 一棟

建坪七七、一二平方メートル(二三坪三合三勺)

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